架空在庫[3]
架空在庫とは、単価か数量のいずれかあるいは両方を、実際のものよりも多くすることで、在庫の金額を嵩上げする、という不正です。
今回は、「数量」を嵩上げする手法について、説明します。これが在庫不正の多数派ではないでしょうか。
【棚卸数量を操作する】
・棚卸数量を意図的に改竄する(棚卸差異(現物<帳簿)について、帳簿に合わせる、というものもあります)
・棚卸は粛々と実施しておき、その後、ダミー品番分を追加する
・外部在庫について、在庫管理先に指示し、虚偽の在庫リストを提出させる
おそらくですが、せいぜいこれくらいのバリエーションしかありません。
ですが、「効果は絶大」「発覚しづらい」「翌期に解消(精算)できるかも」ということで、不正事例としても数多く発生しています。
- 効果は絶大:
予算で売上が300億円、原価が240億円、販管費50億円、営業利益10億円、在庫の回転月数が2か月で40億円というケースを想定します。
期中に工程トラブル等で3億円原価が嵩み、利益予算10億円に対して30%ショートして7億円、期末在庫は予算どおり48億円になったとします。
このままだと利益が未達、それは避けたいというときに、在庫を3億円膨らませるとどうなるでしょうか?
[架空処理前]売上300億円、原価243億円、販管費50億円、利益7億円、期末在庫40億円
[架空処理後]売上300億円、原価240億円、販管費50億円、利益10億円、期末在庫43億円
仕訳としては「在庫/原価 3億円」という極めてシンプルなものですが、たったこれだけで、予算利益が3割の未達から達成になってしまいました。 - 発覚しづらい:
上記のケースを、財務諸表を見るだけで判断することができるでしょうか?
架空在庫を計上すれば、回転期間が膨らむからわかる、という意見もありますが、上記のケースの場合、回転期間は
[架空処理前]1.975か月→約2.0か月
[架空処理後]2.149か月→約2.1か月
となり、0.2か月の違いにもなりません。
これを見て「不正が行われている」と見抜くのは至難の技だと思います。
不正実行者から「期末にかけて仕入価格が上昇した」など、さもありそうな説明がなされれば、「ああそうか」と納得してしまうのではないでしょうか? - 翌期に解消(精算)できるかも
翌期に、この3億円分を原価低減などで取り戻すことができれば、翌期の原価にこの不正分の3億円を紛れ込ませることもできます。
そうすれば、不正は精算されます。
所詮は期間損益を操作しているだけなので、その期が終わればその後は誰も何も気にしないだろう・・・
という考えが働きやすいという特性もあります。
ただ、実際のところは、雪だるまのように膨らみ、不正実行者の異動後や、年を経るにつれて回転期間の長期化が進み、さすがに異常値となり発覚、というケースが多いように思います。
在庫は、主管部門の外からは、若干の不正にまで気づくことは困難です。なぜなら、日々様々なことが起きており、予算からある程度乖離することは当たり前であり、かつその乖離に対して説明がなされたときに、主管部門の中の事情について虚偽の説明されても、「その説明はおかしい」とまで確信を持てる人材はあまりいないからです。
ではどうしたら早期に発見することができるのでしょうか?
分析のアプローチで言えば、月次決算の数字の推移を注意深く見ることで、例えば「期末月で期中の損失を全部取り返している?」という異常に気づけることもあるかもしれません。
また、架空在庫の不正リスクが高いと考えるのであれば、在庫のカウント、集計プロセスのコントロール(内部統制)を丁寧に調べ、不正ができる余地の有無、誰がそれをやり得るのかを押さえた上で、期末在庫について棚卸の立会はもちろん、集計から差異調整、確定までの一連のプロセスを慎重にチェックする、という手法が有効だと思われます。
厳格にチェックされている、ということ自体が不正実行者を思いとどまらせる効果も持ちます。
ですが、「ちょっとした」額のものまでは発見は困難ですし、工場などの在庫拠点が多い場合、全ての拠点の棚卸に毎期立ち会うことも容易ではないと思います。
このため、ふだんから「回転期間の長期トレンド」や、トレンド以前に「『理論値』との乖離が起きていないか」を適切なレベル(事業部単位・工場単位等)で注視する、ということも重要だと考えます。
ご参考になれば幸いです。
竹内由多可